規模
約7,300年前に起きたこの噴火は「鬼界アカホヤ噴火」と呼ばれ、桜島の大正大噴火(1914年)が 放出したマグマの、実に数百倍という規模だったと推定されています。近年の海底調査では、 この噴火によって直径約10km、比高約600mという世界最大級の巨大な溶岩ドームが海底に 形成されていたことも確認されており、2024年にはナショナルジオグラフィックなどの科学 メディアで、その規模の大きさが改めて報じられました。
噴煙は成層圏まで到達し、火砕流は海を越えて種子島・屋久島や大隅半島、薩摩半島南部にまで 到達したとみられています。降り積もった火山灰(アカホヤ火山灰)は、九州はもちろん、 遠く関東地方の地層にまで確認されており、この噴火が及ぼした影響の広さを物語っています。
縄文文化への影響
鬼界カルデラの噴火が起きる前の南九州には、上野原遺跡(鹿児島県霧島市)に代表されるような、 すでに定住的な集落や高度な土器文化を築いていた縄文人たちが暮らしていました。ところが、 噴火後の地層からは、噴火前と同じような集落の痕跡がぱったりと確認できなくなります。 火砕流や大量の降灰によって生活基盤そのものが失われ、南九州の縄文文化は事実上、 壊滅的な打撃を受けたと考えられています。
その後、南九州で再び人々の生活の痕跡がはっきりと確認できるようになるまでには、数百年規模の 空白期間があったとする研究もあります。一つの巨大噴火が、地域の文化史そのものを一度リセット してしまった可能性がある――これは、観光地としての「絶景」の背後にある、鹿児島の自然の もう一つの顔です。
現在の姿
鬼界カルデラの外輪山の一部は、現在も硫黄島と竹島という二つの有人島として海面上に姿を 見せています。硫黄島は今も硫黄岳が噴煙を上げる活火山の島で、三島村に属し、平安時代末期には 平家物語で知られる俊寛の流刑地「鬼界ヶ島」の伝承地ともされています(次のページで詳しく 紹介します)。カルデラの巨大さを実感するには、この二つの島が、直径20kmという巨大な 陥没地形のほんの縁にすぎないという事実を思い浮かべてみるとよいでしょう。
火山学的には、鬼界カルデラのような巨大カルデラ噴火(VEI7クラス)は数千年から1万年に 一度程度の頻度で起こるとされ、次の巨大噴火が「明日」起こる可能性は低いとされる一方、 地質学的な時間スケールでは「いつ起きてもおかしくない」現象でもあります。南九州の絶景の 多くが、過去の巨大噴火の跡地の上に成り立っていることを、旅の途中で思い出してみてください。
俊寛と鬼界ヶ島を読む →写真で見る
南九州の縄文文化の厚みを伝える、上野原遺跡の復元集落。