神話
『古事記』『日本書紀』が伝える天孫降臨神話では、天照大神の孫にあたるニニギノミコトが、 高天原から地上へと降り立ちます。その舞台と伝わる場所のひとつが、宮崎県との県境にそびえる 高千穂峰です(宮崎県高千穂町の高千穂峡とは別の場所で、しばしば混同されます)。この峰の山頂に 現在も立つ天の逆鉾は、ニニギノミコトがこの地を治める証として、あるいは邪気を払うために 突き立てた鉾であると伝えられています。
都市伝説の核心
天の逆鉾を全国的に有名にしたのは、幕末の志士・坂本龍馬です。寺田屋事件で襲撃を受け負傷した 龍馬は、療養を兼ねて妻・お龍とともに1866年(慶応2年)に霧島を訪れました。これは日本初の 新婚旅行だったとしばしば紹介されるエピソードでもあります。この旅の道中、龍馬が高千穂峰に登り、 山頂の天の逆鉾を引き抜いて確かめてみせた、という逸話が伝わっています。
根拠とされるのは、龍馬が姉の乙女に宛てた手紙です。この手紙には登山や鉾についての記述があり、 これが「引き抜いた」逸話のもとになったとされています。ただし手紙の記述をどこまで文字通りに 受け取るべきか、後世に尾ひれがついて広まった話ではないかという指摘も根強く、霧島市などの 公式な観光案内でも「伝わっている」という表現にとどめられているのが実情です。
今も立つ理由
現在山頂に立つ鉾は、初代のものがそのまま残っているわけではありません。噴火や落雷、経年劣化 などによって過去に何度か破損・倒壊しており、その都度、地元有志などの手によって再建・修復が 重ねられてきました。現在の鉾も過去に倒れた記録があり、そのたびに立て直されています。 「太古から変わらぬ神話の遺物」というより、「地域の人々が守り継いできた信仰の対象」と 捉えるほうが実態に近いといえます。
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実際に高千穂峰の山頂に立つ鉾と、龍馬にまつわる像。